同じ建物に、さまざまな人が集まって住んでいるマンション。住み心地を良くするために設計段階で防音対策がされていますが、一戸建てと比べると音が伝わりやすい環境です。時には、騒音によるトラブルが起きてしまうことも。そこで、分譲マンションや住宅、オフィス、ホテルなど多彩な建物の設計を手掛ける一級建築士の塩釜直人さんにマンションの防音について教えてもらいました。
第1回目は、「音の基礎知識編」です♪
「音の大きさ」を表すdB(デシベル)
生活の中で何気なく聞こえてくる音。会話などのコミュニケーションや情報伝達に欠かせないものなのに、状況によっては気になって仕方がない騒音になることもあります。音の基本的な知識を知って、改めて音環境について考えてみましょう。
音には3つの要素「強弱・高低・音色」があります。
塩釜さん「まず、音の強弱は音波の振幅が大きいほど強く、小さいほど弱くなります。強い音はエネルギーが強く、人の鼓膜に伝わる圧力も大きくなります。マンションの設計でも、このエネルギー(dB)を適切にコントロールすることが大きなテーマになります」

「音の高低」は、音の周波数Hz(ヘルツ)

音の高低は、1秒間に音波が振動する回数・周波数(Hz=ヘルツ)で表します。1秒間に60回振動する波は60ヘルツです。高い音は音波が振動する回数が多く、低い音は回数が少なくなります。一般的に、人が聞こえる範囲は20ヘルツから2万ヘルツだと言われています。
「人の話し声は100~1000ヘルツ。船やトラックのエンジン音などには低周波音が多く含まれています」と塩釜さん。人間の耳は、周波数によって音の感度が異なっていて、低い音ほど聞こえにくくなります。遮音性には、この音の高低も関わってきます。

3要素の最後は、音の音色。ヴァイオリンの音やピアノの音、美しい声など、音色の違いは波の形によって決まります。遮音には直接関係ありませんが、聞いていて心地良い音かどうかは聞き手の受け取り方に大きく影響します。
マンションの防音に関わる法律は?
マンションはさまざまな法規を守りながら設計されており、音については環境基本法で望ましいとされる基準が定められています。これはマンションを建設しようとする地域や道路、交通事情に基づいて環境基準を目指すものです。
「元々、建物は周辺環境を考慮して、住み心地を良くするように設計されるもの。最近はマンションに高い防音性を求められるようになり、どのマンション事業者もニーズに応える形で防音に力を入れるようになっていると思います」と塩釜さん。
ここでポイントになってくるのが、マンションの遮音性。これは、室外から室内に侵入する音、室内から室外へ漏れる音をどれくらい遮ることができるかを表す性能です。遮音性は周波数ごとにどれくらい音を遮ることができるかを等級で表したもので、周波数ごとの測定値はdB(デシベル)で表されます。

目標値を定め、マンションに用いられるガラスや床材などの建具性能をあらかじめ計測した上で、周辺の環境に対してどの建具を採用すれば騒音を許容値まで低減できるのか綿密な計算が行われています。
マンションで伝わりやすい音とは?

周囲の環境を考慮し、防音対策を施されたマンション。では、実際に生活している中では、どんな音が伝わりやすいのでしょうか。
塩釜さん「近年設計された分譲マンションなら、隣の話し声はほとんど聞こえないと思います。一方、床や壁に直接響く衝撃音はある程度聞こえてしまうと思います。例を挙げると、床の上を歩いたり走ったりする音や何かを落した音、壁に何かをぶつける音、ピアノや打楽器を演奏する音です」
話し声のように空気中を伝わる音は壁や床によって遮りやすいので、周辺の住戸には伝わりにくいもの。一方、床や壁といった建物を振動させる音は振動を遮るのが難しいため、周辺に伝わりやすいのです。
塩釜さん「下の階に音が響くイメージは、テーブルの天板を握りこぶしで叩くとわかると思います。上から響いてくる音に対して、テーブルの下ではほぼ対策ができません。テーブルの下に響く音を和らげるためには、天板に乱暴に物を置かないように気をつけたり、衝撃を和らげるマットを敷くといった配慮をする必要があります」
間取りや建材などの工夫は第2回で紹介します。
人によって音の感じ方は違う?

マンションで音のトラブルが起きる背景には、住戸によって生活スタイルや家族構成が違うことも影響しています。
塩釜さん「例えば、共働きで子育てをしているファミリーと会社をリタイヤして家で過ごしているご夫婦では、生活スタイルが全く異なっています。マンションの生活音が気になるきっかけは、自宅と周辺住戸の生活パターンが一致しない場合が多いようです」

音が気になるきっかけの例
・一人暮らしの居住者が引越して大家族が入居した
・子どもが成長して活発に動き回るようになった
・勤務時間が夜勤に変わったことで、日中の生活音が気になるようになった
・周囲の住人が音楽や運動などの趣味をはじめた
「防音性の高いマンションに引っ越したのに、かえって周囲の音が気になる」という人も。
塩釜さん「引っ越し前の住戸で聞こえていた外部の音が聞こえなくなったことで、ちょっとした物音が聞こえてきてしまう場合があります。例えば、一人で静かな部屋に座っていれば、上階の足音が気になるけれど、外から聞こえる車の走行音やエアコンやテレビの音、家族の話し声が聞こえている状態では、上階の足音はあまり気にならないはずです。このように、注目している騒音以外のすべての騒音を『暗騒音』と呼んでいます」
注目している騒音が、暗騒音によって気になりにくくなる現象は「マスキング」と呼ばれています。
取材ライターのつぶやき
かつて航空機の飛行ルートの真下にある古い賃貸マンションに住んでいたので、防音に興味しんしん。日中は仕事をしていたので気になりませんでしたが、ずっと部屋で過ごしていたらもっと感じ方は違っていたかもしれません。現在居住しているマンションにも、高齢のご夫婦や子育て中のファミリー、ペットを飼っている方などさまざまな家族が入居しています。どうすればお互い快適に過ごせるのか、これを機に考えてみたいものです。
今回のSpecialist 塩釜 直人(しおがまなおと) さん

「建築を通して社会貢献」をモットーに、マンションや住宅、オフィス、公共建築などを手がける。一級建築士事務所・株式会社スズキ設計 所長。
株式会社スズキ設計ホームページhttp://www.suzuki-arch.co.jp/

