獣医師で動物福祉に精通する「清美どうぶつ病院」院長の清美先生に学ぶ「人とペットの幸福論」。第2回は、人とペットがいまよりもっと楽しく暮らすためのヒントを教えてもらいました。
問題行動とは?
問題行動の定義を知る
あなたのペットに問題行動はありますか? その行動を「問題だ!」と判断しているのは、実は飼い主さんご自身。たとえば、番犬として飼っているのに吠えなければ、飼い主にとって困りごとになるのに、マンションで飼う犬が吠えると、悩みの種となる。このようにペットの問題行動は、人間の都合で定義づけされるものであると、まずは認識しておきましょう。

猫が、トイレ以外の場所でおしっこをする。この問題行動を改善したいという場合、原因によって解決方法が異なると清美先生は言います。
「未去勢のオス猫がマーキングをするのは正常行動ですので、まずは去勢手術をすすめます。トイレが汚れていて、そこで用を足したくないから別の場所でするというのも、猫にはよくあること。トイレの数を増やし、常にきれいな予備のトイレがある状態にすることで、問題が解決することがあります。
注意したいのは、病気が隠れている場合や、痛みでトイレをまたげないというケース。こんなときは、治療が必要になります。このように、一つの行動でも原因はさまざまで、原因がわからなければ解決も難しいのです」。
ネット情報などを頼りに自己判断すると、状況を悪化させることもあるため、問題を感じたら、ホームドクターの力を借りるのがベストです。
猫のトイレについては、次号vol.3「病気・ケガの予防」で詳しく説明します。
「退屈」も「構いすぎ」も原因に

退屈が問題行動の原因となることもあるため、知育トイの活用も一つの手。これについては、後の項目「食事の工夫」で詳しくお伝えします。
反対に、飼い主が構いすぎることでフラストレーションがたまり、問題行動を引き起こすこともあるといいます。
「大事なのは、ペット自身が退屈を感じているかどうか。『すり寄ってきたから、構ってほしいのだろう』と思い、なで回していたら急にかまれた。そんなときは、構いすぎの可能性があります。犬も猫も、“すり寄る=さわってほしい”ではないのです」と清美先生。
飼い主の手に、ペットが顔をぐっと寄せてさわってほしそうなサインを出したときは、3秒〜5秒程度さわって、やめる。もっとさわってほしければ、またサインを出してくるとのこと。
「イヤなところをさわって咬まれることもあるため、まずは苦手な部分を知り、そこは避けてあげましょう。ただ、将来の病気発見や治療のためにも、さわれる部分を増やすトレーニングに取り組むことも大切ですね」。
食卓から食べ物をあげない

食卓から食べ物をあげてしまうと、ペットが食卓に上ろうとしたり、盗み食いしようとしたり、問題行動の原因をつくってしまいます。誤飲や誤食を誘発する危険性もあるため、絶対にやめましょう。
<POINT>
ペットの問題行動には、原因がある。その原因が、飼い主側にあることも。気になることがあれば、まずはホームドクターに相談を。
“しつけ”について考える
犬猫は永遠の2歳児

そもそも、ペットの“しつけ”とは、何でしょう。人に服従させることが、しつけですか? 私たちはペットに何を望んでいるのでしょう。
「飼い主の都合に合わせようとして強引なしつけを行うと、ペットが心を閉ざすばかりか、精神病になることもあります」と清美先生は言います。ペットも、私たちと同じ“心”をもっている。そのことを忘れてはいけません。
「かつて、飼い主と犬は主従関係にあるといわれていましたが、現在、その説は否定されています。犬猫の精神年齢は、人間の2歳に相当するといわれていますから、飼い主とペットは、“保護者と子”という関係に近いのです」。そのため、基本的には、親としての管理が重要です。
幼子のようなペットたちが人と快適に暮らすには、少し“コツ”が必要。ペットが生きにくくならないよう知恵をつけてあげることが、一般的に“しつけ”と呼ばれる行為なのかもしれません。
うまくいく秘訣は成功体験

「トレーニングを行うときには、成功体験を積み重ねることが重要。そのために、『失敗しない環境づくり』が何より大切になります」と清美先生。
たとえば、子犬のトイレトレーニングでは、どこでおしっこしてもいいようにペットシーツを部屋中に敷き詰める。そのうえで、シーツの上でできたことをほめるのがポイント。そのうち、ある程度おしっこの場所が定まってくるためシーツを減らし、おしっこはシーツの上ですることを習慣化させます。
希望の場所へトイレを移したいときは、部屋の出入口を避け、騒音や邪魔の入らない静かな場所を選んで。
「トイレでおしっこできるのが当たり前になっても、ごほうびにフードを与えるなどしながら、その行動をさらに強化していきましょう」。
大切なのは“満たしてあげる”こと

「犬のムダ吠えには無視が効果的」というしつけの手法を聞いたことはありませんか? それ、実は犬の心を大きく傷つける行為だと清美先生は言います。
「環境が整っていたり、欲求が満たされていたりすれば、犬だってわざわざ吠えるなんて疲れることはしません。満たしてほしいことがあるから吠えているのに、無視されると、聞いてほしくてもっと吠えるようになります。それでもダメなら、服の裾をかんで振り回そう、といった具合に、行動がエスカレートしていく。フラストレーションが解消されないまま蓄積していくと、心を壊してしまいます」。
こういうときは、吠えるのをやめさせるという方向ではなく、満たしてあげることで吠えなくてもいい環境にすることを考えましょう。そのために、“吠えていない”のはどんなときかを探ることが重要だといいます。動画を撮って客観的に見てみると、吠えるときと吠えないときの行動パターンの違いが見えてくることも。
ただ、飼い主だけでは解決できないことも多いので、ホームドクターに相談することをおすすめします。
<POINT>
人間も満たされると幸せを感じるように、動物も満たしてしてあげることで問題行動が減り、絆も深まる。
食事の工夫
食事は知育トイで

野生の動物は、一日の大半を「採食」に費やしています。しかし、食器で食事をするペットは、本能として備わっている採食行動ができずに、ストレスを抱えることも。少しでも本来の行動を引き出すために、清美先生は“知育トイを使った食事”を推奨しています。
「水用の食器以外、食器はいりません。フードはすべて、知育トイやトレーニング時のごほうびに使用します。ペットたちは、食べる回数が多いほうが満たされるため、おすすめです」。
清美先生がすすめる食事方法をまとめると、以下のようになります。
① 1日のフード量を決め、ごほうびはそこから与える(排泄の成功、インターホンが鳴っても吠えないなど望ましい行動にはごほうびを!)。
② 余った分は知育トイに入れ、食事の時間に与える。
③ フードが足りない場合は、翌日分から拝借。ただし、不足が続くようなら1粒を小さく切り分けてごほうびに使用する。
④ 「食べ物に集中している間に出かける」といった具合に、留守番させる際にも使用可能。〈食事の量について〉
肥満を予防するためにも、ホームドクターに相談して、その子に最適な量を教えてもらいましょう。
〈上手なごほうびの与え方〉
ごほうびは、望ましい行動があったらすぐに与えることが大切。そのため、1日分のフードを小分けにして保存容器に入れ、家中に配置しておくと、いつでもごほうびを与えられて便利です。
犬の食事

犬には、鼻を使って食べ物を探し出す習性があります。そのため、ノーズワークマットや転がすとフードが出るボール状のおもちゃ、かんで遊べるトイのなかにフードが仕込めるものなど、さまざまなタイプの知育トイを与えてみて。どれが好みかは、犬自身に選ばせましょう。鼻を使う行動は、脳にもよい刺激をもたらします。
猫の食事

猫は、前脚を使って狩りをする習性があるため、穴の開いた箱にフードを入れたり、仕切りのついたケースに入れたりするのもおすすめ。紙製の卵パックのなかにフードを入れ、その上にボールを置いて、ボールをはたいてから取り出すようにしたり、キャットタワーの上に隠したり、いろいろ工夫してみてください。
<POINT>
食事は食器で与えるのではなく知育トイで。本来、動物がもっている「採食行動」を引き出すことで、ストレス発散にもつながる。
取材ライターのつぶやき
ペットたちの精神年齢は2歳児と同じだなんて、なんて愛おしいんでしょう! 私たちがされてイヤなことは、絶対に動物たちにもしてはいけない。改めて、そう思いました。
今回のSpecialist 道岡 清美(みちおか きよみ) さん

福岡県春日市にある「清美どうぶつ病院」院長。東京農工大学行動診療科研修医。動物福祉や動物行動学、漢方治療など、幅広い分野で研さんを重ねて、人と動物に寄り添った治療を行う。“心も体も健康で過ごせる飼い方”のセミナーも開催。人と動物のよりよい関係づくりに向け、精力的に活動している。

