時代の変遷とともに、ライフスタイルは多様化していますが、昔から脈々と伝わる年中行事の数々は、私たちの日々の暮らしに心地よさと彩りをもたらしてくれます。そこで、行事のある暮らしの楽しみ方を発信している「いとよし」代表 尾﨑美香さんにお話を伺い、今の時代に無理なく実践できる、年中行事の魅力をご紹介します。
第7回目のテーマは、ご先祖さまをもてなす伝統行事、「お盆」です。
お盆とは

お盆とは、この世に戻ってくるご先祖さまの霊を弔うための行事です。地域によって期間や風習が異なるため、育った環境によってお盆の思い出は人それぞれ。また、お盆の時期は学校や会社は休みになることが多いので、帰省や旅行をする人たちも多いのではないでしょうか。
「お盆といえば、その時期は帰省して家族と過ごすことをずっと続けてきました。私にとって、お盆そのものよりも、その時期に経験したことの方が記憶に残っています。ご先祖さまを迎えることに気持ちが向くようになったのは、かわいがってくれた祖父母を亡くしてからです」と尾﨑さん。会えなくなってしまった祖父母が家に来てくれていると思うことで、お盆を大切にしたいと強く考えるようになったそう。
お盆とは、ご先祖さまたちが繋いでくれた命のバトンや自分のルーツに思いを馳せる、年に一度の大切な時間とも言えます。
<POINT>
ご先祖さまに感謝する行事としては、春と秋にあるお彼岸もあります。ご先祖さまがこの世に帰ってくるのが「お盆」。あの世とこの世がつながりやすいので、ご先祖さまを供養するのが「お彼岸」という違いがあります(春分・秋分では、太陽が真東(この世)から上り、真西(あの世)に沈むことから)。
歴史と由来について
お盆という言葉は、仏教の「盂蘭盆(うらぼん)」や「盂蘭盆会(うらぼんえ)」が元になっています。これを省略して「お盆」と呼ばれるようになりました。「盂蘭盆会」とは、中国で飢えと渇きに苦しんだ人々を供養する行事。日本には7世紀頃に伝わってきたと言われており、奈良・平安時代には毎年7月15日に国家儀礼としての「盂蘭盆会」が行われていたそうです。
日本には祖霊信仰が根付いており、先祖の霊を供養する「御霊(みたま)まつり」というものがありました。それがじわじわと長い時間をかけて「盂蘭盆会」と交わり、江戸時代には現在のようなお盆の風習が、庶民にも広がったと言われています。
<POINT>
祖霊信仰とは、縄文・弥生時代から続く土着の信仰です。ご先祖さまの霊は、亡くなった後も子孫を見守る「祖霊」となり、普段は山や海など私たちの近くの自然の中に住んでいると信じられていました。
時期と名称
お盆は8月に行う地域が多いですが、もともとは7月15日を中心に行われていました。地域によって違いが生まれるようになった理由は、明治時代に行われた暦の変更です。
旧暦は今より1カ月から1カ月半ほど遅く、7月15日は今の暦で8月下旬頃。それが7月に早まると多くの地域が農繁期なので、大事なお盆を迎えるには忙しすぎる時期でした。そこで、ひと月遅らせた8月15日頃をお盆とする地域が増加。これを「旧盆」「八月盆」「月遅れの盆」と呼び、全国的に最も一般的となっています。
一方で、東京や横浜、金沢、札幌といった地域の一部では、今でも7月15日頃にお盆を行う家庭があります。これを「新盆」「七月盆」と呼びます。
さらに、沖縄や奄美地方では旧暦の7月15日頃に合わせた「旧暦盆」で行います。そのため、毎年お盆の日付も変わります。
<POINT>
「新盆(にいぼん・あらぼん)」や「初盆(はつぼん・ういぼん)」などは、亡くなって四十九日を終えて初めて迎えるお盆のことを意味します。
ご先祖様を迎える準備
大前提として、お盆の風習は地域や信仰、さらに各家庭によっても異なるため多岐にわたります。ここではあくまで一般的とされる風習をご紹介します。
盆棚
ご先祖さまをお迎えし、おもてなしをするための特別な祭壇です。仏壇の前や座敷に設けられます。お供物ができれば、どんな棚やテーブルでも構いません。お供物は季節の野菜や果物、精進料理、故人の好物などが一般的です。

精霊馬、精霊牛
キュウリとナスで作る、お盆のシンボルです。キュウリの馬は、足の速い馬に見立て「ご先祖さまが少しでも早く家に帰って来られますように」、ナスの牛は歩みの遅い牛に見立て「お帰りの際は、御供物をたくさん積んで、名残惜しみながらゆっくりとお戻りください」という意味があります。

迎え火、送り火
ご先祖さまが迷わず家にたどり着き、そして無事に戻れるように、という願いが込められています。13日の夕方に焚くのが「迎え火」、16日の夕方に焚くのが「送り火」です。迎え火は自宅の門や玄関先で、「ほうろく」と呼ばれる素焼きの器に、「おがら」(麻の皮をはいで茎を乾燥させたもの)を入れて燃やすのが一般的。なお、お墓参りに提灯を持っていき、そこで火を入れて持ち帰り、盆棚のろうそくや盆提灯に火を移すことで霊をお迎えする方法もあります。京都で行われる五山の送り火や、長崎の精霊流し、各地で行われる灯籠流しは全て送り火の一種です。
盆中日
メインイベント。15日にみんなで食事をしながら、思い出を語りあいます。家族が仲良く過ごす姿を見てもらうことで、ご先祖さまに安心してもらい、感謝の気持ちを伝えるという意味があります。

盆踊り
ルーツは、平安時代に空也上人が広めた「踊り念仏」と言われています。もともと、お盆に帰ってきたご先祖さまの霊を慰め、もてなすための宗教的な踊りでした。輪になって踊ることで、生きている者と亡き者が一体となり、生命の喜びを分かち合う、という意味を持っています。

尾﨑さんは子どもの頃、家に果物や缶詰などたくさんのお供物があって不思議だなぁと思っていたそうです。
「高校生くらいから、次々とお線香をあげにやってくる親戚のために梨をむいたりお菓子を出す手伝いをしたり。自分が大人になった気持ちになりました。お寺に母と一緒に行って、火を入れた提灯が消えないように緊張していたことも覚えています。お盆はいつもと違って特別、という経験があったから今も大切にしたいと思うのかもしれません。
離れて暮らすようになってかなり経ちますが、今もお盆とお正月は毎年欠かさず帰省しています。海外旅行に行きたい気持ちもありましたが、なんとなく家族に会って過ごすという方が、私にはしっくりきていたんでしょうね。でも今は、親世代は高齢になり、私たちのような下の世代は親戚の行き来もなかったりで、寂しさも感じます」と尾﨑さん。
お盆の時期は、企業や学校が休みになることが多いとはいえ、仕事の都合などで帰省できない方や、長期の休みを利用して旅行に出かける方なども多いと思います。そんな時は、心の中でご先祖さまに手を合わせてみませんか?実家に電話やビデオ通話で連絡を入れるのも気持ちが伝わる一つの手段。形式にとらわれず、感謝する気持ちを持つことが大切です。

「もともとお盆には『いきみたま』といって、高齢の祖父母や両親に贈り物を持って会いに行き、もてなすという風習があります。帰省にはそんな行事のD N Aが流れていることを知ると驚きますね。家族みんなが揃って食卓を囲むことも、年に何度もあることではないので、お盆がいいきっかけになっています。以前はお客さんのような感覚でお盆の時期に帰っていましたが、今は仏壇を飾ったり、提灯を出したりするのも手伝います。人生の中で繰り返しある行事は、年齢を重ねるごとに過ごし方も想いも変わります。ずっと大事にしたいと思います」と話してくれました。
取材ライターのつぶやき
お盆といえば、取引先から事前に連絡が届く「長期休業」の日数を数えて、羨ましい・・と呟きながら仕事をしていますが、お盆の伝統的な意味を理解した今、まずは初めて知った「いきみたま」に挑戦したいと思いました。
今回のSpecialist いとよし 尾﨑 美香 さん

行事と楽しむ暮らしを提案する「いとよし」代表。
大学卒業後、花王(株)にてコピーライター・クリエイティブディレクターとして化粧品や日用品のブランディングやコミュニケーション戦略に携わる。退社後、日本文化の学び直しを求めた「室礼三千」で行事の魅力を再発見し、2018年「いとよし」を立ち上げる。ワークショップ主催、メディアでの情報発信、田んぼと暮らしをつなぐ企画など、行事や暦のある暮らしの提案を行なっている。著書に「季節の行事といまどきのしつらい手帖」(エクスナレッジ)。TBSやJ-WAVE、雑誌「天然生活」などメディアにも出演。
いとよしwebサイトhttps://ito-yoshi.com/

